代表ご挨拶

代表ご挨拶

日本中のケアラーのエンパワメント
(自分たちの生活を調整し力をつけること)を
応援できる社会を目指して

代表者涌水理恵署名

先天性が多い小児の病気は、本人はもちろん、本人をケアする家族(以下、ケアラーと呼びます)にとっても深刻な問題です。特に、完治が望めず再発や悪化が懸念される小児患者さんを抱えたケアラーの苦労や困難感は察するに余りあります。患者さんが入院中は、医師や看護師のサポートを受けられますが、退院後や診断がつく前のサポートはどうすればよいのでしょうか。

発達障碍児を抱える家庭の事情はどうでしょう。私たちは、外来で「発達障碍」との診断を受けて通院中の障碍児をもつケース350例で調べました。生まれた子どもが発達障碍かもしれないと母親が「気づく」までの平均期間は、生後26.1カ月でした。そのうち70%以上の母親は子どもが3歳未満(約20%は1歳未満)から、わが子に問題があることに気づいていました。母親の葛藤はそこから始まります。懸念を夫や親族と共有できなかったり、障碍児を産んだことに対する罪の意識にさいなまれたりするケースが多いのです。同調査では、最初に外来に相談に来るのは、平均すると生後45.9カ月、最初の診断に至るのは生後67.7カ月でした。最初の気づきから診断に至るまで41.6カ月もの時差があるのです。その間、母親は自分だけで悩み葛藤しつづけます。その数年間の苦悩を考えると、診断確定前から親子の状態を把握し、さりげなく歩み寄って親子支援、家族支援を開始するのが理想だと、私は提唱しています。実際に認定ファシリテーターとしてつくば市、水戸市、神栖市、東京都新宿区などで前向き子育てプログラム(Positive Parenting Program)などを開催してまいりましたが、子どもとの関わりに苦悩する母親、父親、祖母等が参加されました。参加前後で収集したデータを統計学的に分析すると、参加した各ケアラーのみならず、子ども、そして家族全体にも有意に良い影響が及んだことが示されています。

重症児を抱える家族では深刻度が増大します。特に先天性の重症児の場合には、母親の罪の意識がとても強いです。夫やその親族との関係が悪化していることもあります。年の近い上の子が精神的ダメージを受けていることもあります。家族内での助け合いだけでなく、家族を一単位とした社会から家族へのサポートが必要なのです。私たちは10年来、在宅重症児の家族について、患者会・療育センター・大学病院の外来・行政の障害福祉課などの協力を得て、多くの調査を実施してきました。夜間のケアで幾度も中途覚醒し「朝まで寝たことはないんです」と語る母親、緊急時に車の運転があるからと晩酌をやめた父親、甘えてこなくなったきょうだい児、など主治医にも言えない実話や心情が明かされることも多くあります。

NICU救命率向上また医療デバイス革命により、在宅移行する重症児の数は増加しています。母親は上述のように自責の念がとても強く、ケア負担は相当であるにも関わらず、ケアを一手に引き受け、心身ともに疲弊する例をよく見ます。母親のみならず父親のストレスやワークライフバランス、きょうだい児のチックや問題行動など問題は家族全体に波及しています。

そうした中で、私が特に意識していることがあります。まず、対象家族の「セルフケア機能」をアセスメントすること。次に、「家族エンパワメント」(家族が、健康問題を有する児の養育に向けて自分の生活をコントロールし、家族・サービスシステム・社会などと協働する状態または能力)をプロモーションすることです。家族の「セルフケア機能」や「エンパワメント」の状況が把握できれば、適切なサポートの検討や提供がしやすくなります。ケアラーへのレスパイト(疲労を軽減するための一時的なケアの代替)の機会やピアサロンの場の提供など、社会的なサポート態勢を充実させていかなければなりません。

私たちは2021年より、在宅移行時からのケアラーの家族エンパワメントを目指すFEP(Family Empowerment Program)を展開しています。主たる養育者のケア負担軽減、社会資源利用促進を軸とした計4回完結型のオンラインプログラムです。全国各地から今まで60名以上のケアラーにご参加いただきました。レジリエンス高きしなやかな変化をみせるケアラーたちの姿を画面の前にし、運営陣の一人として感動をいただいております。2023年4月からは、全ケアラーを社会的に孤立させずエンパワメントしていくために、「私的」な空間からアクセスできるリモートケアシステムを展開していきます。このなかで上述したFEP(Family Empowerment Program)専門職へ個別相談ピアサロンに登録・参加ができ、専門職やコミュニティとオンライン上で繋がることができます。また専門職や実践家による定期的なウェビナーも開催されますので、介護・看病・療育が必要な児者やケアラーに役立つ情報を得ることもできます。

私は大の子ども好きです。子どもは無邪気(邪気が無い)とはよく言ったもので、子どもと一緒にいるだけで心身が雲一つない晴天のようになってくるのです。とても不思議な感覚なのですが、共感は得られるでしょう。小学校5,6年生のころから幼稚園の教諭や保育士に憧れていました。高校に進学し教師の強い勧めがあって理系を選択し大学受験をすることにしました。医大にも合格しましたが、東京大学理科二類に進学し、健康科学・看護学を専攻しました。行政や民間企業に進む道もありましたが、小さいころから子ども好きだったことと小児病棟での看護経験が契機となり、家族ケア研究および大学/大学院教育の道に進む決意をいたしました。大学院では2014年から2021年にかけて、家族支援専門看護師の養成をおこなってきました。前述した「前向き子育てプログラム」や「家族エンパワメントプログラム」を通してケアラーたちに深くかかわることで得られる暗黙知の形式知化、さらなる課題の発見、人同士のつながりがあります。

KAKENHI-PROJECT-22H00490基盤研究A『障害児をケアする家族のエンパワメントを促進するリモートケアシステムの構築と検証』(2022-2026)という機会と財源をいただき、私自身は初めての大きなシステムづくりに悩みながら東奔西走しておりますが、「一緒にやりましょう」と言っていただけた仲間の先生方と支援者の方々に支えられ、ケアラーたちのエンパワメントを応援するリモートケアシステムの構築と社会実装を目指して、今日も不器用なりに走り続けています。ぜひケアラーの皆様にも、この日本で初めてのシステムづくりにご尽力いただければ幸いです。

一見すると遜色ない生活をしているように見えていても、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っているヤングケアラーの問題と支援にも光を当てていきます。厚生労働省と文部科学省が行った実態調査(年度)によると、「世話をしている家族がいる」と回答した割合は中学生で5.7%(およそ17人に1人)、全日制の高校生が4.1%(およそ24人に1人)であることが分かっています。(ケアラー同様、)すべての子どもたちを社会的に孤立させずエンパワメントしていきたい。私たちの構築しようとするリモートケアシステムが、ヤングケアラーにとって(自分のことや家族のことを)語ったり、(仲間やその家族のことを)聞いたり相談したりできる出会いや語りの空間になることを願ってやみません。大切なのは、いまこうして生きているという現実を仲間と一緒に共有し確認しながら、ポジティブな気持ちに光を当てて、明日の一歩を踏み出すパワーを得ること。

それを支援していくのが私たちです。

日本ではケアラー(介護する人)の約7割は家族です。どんな地域に、どんな家族形態で、暮らしていても、ケアラーを社会的に孤立させない新しいシステムをみんなでつくっていきたい。私たちは、日本中のケアラーのエンパワメントを応援できる社会を目指して取り組んでいきます。

涌水 理恵
Rie Wakimizu, PhD, RN